ラベリングしない社会へ

この9月議会の一般質問で、現在策定中の子ども・若者育成支援計画について取り上げました。

その中で、ひきこもり支援については、行政よりも、当事者や市民発信の居場等が重要であるとの考えから、今回質問には取り入れませんでした。

社会福祉協議会にひきこもり支援センターを開設した岡山県総社市にて、全国ひきこもり支援フォーラムがこの夏、開催されました。生活者ネットワークの他市の仲間が参加をし、報告を聞きましたが、行政職員もたくさん参加をされていたようです。

2年前東京で開かれた全国若者・ひきこもり協同交流会のシンポジウムや分科会の講演の要旨集を改めて読み返してみて感じたことですが、不安定な社会、社会的孤立状態は若者全体の課題であり、居場所や就労支援の場につながっても解決しない課題が増えています。

「居場所の危険性と居場所への期待」「外に出て働くのがゴールか?」「自立とは何か」「コーヒーハウスというたまり場が偶然にも居場所支援となった」「居場所なき居場所の居場所をめぐる取りくみ」などなど、生きるということの根本的な、哲学的な問題をつきつけられているようで、演劇やアートといった芸術とも通じるようなテーマなのでは?支援という概念から離れた面白さから始まりたい。理路整然としていない部分にこそ大事な何かがある、豊かさの源があるということを強く感じている今日この頃です。